2009.04.27鹿児島にて

一軒家を借りちゃった!?

今日のphoto
写真フレーム

砂蒸し風呂。足湯。国際交流。一軒家と恩人。

ん~、人の優しさとはなんだろう


ネットカフェで目覚めると、8時になっていた。泥のように眠っていた様で、起きたら物凄くスッキリしていた。
ネットカフェの受付のお母さんに砂蒸し風呂の道を聞いて、出発。2~3km。歩いて20分ほど。到着すると、午前と午後のちょうど準備の間らしく、待合室で待つ事に。
ホームページやらちょっとした事をPC開いてやっていたら、強い視線を感じた。興味津々で覗く70くらいのおじいさん。それはどうなってるんや?ネット繋がってるんか?と質問攻め。の割りに質問に答えると「それは聞いてない。それは何や?そういう事じゃない」の繰り返しで何故か高圧的。俺の言葉を聞かない事が多い。「いや、実際そういう事なんやけど…(聞かんかい!)」と俺。自分の理解できないもの、現時点で知りたいもの以外は受け付けないという高齢の方々に多い現象・・・ぐぬぬぅ、苛立つ自分が頭を出してきて、負けそうになったが、何とか理解してもらおうと懇切丁寧に答えた。きっと打ち解けられる筈だと。
気づくと一緒に砂蒸し風呂で写真とってた。おじさんの絶大なる信頼を勝ち取り、「君みたいな人にずっと傍にいて欲しい」と言って貰えた。

砂蒸し風呂を終えると併設の浴場で身体を洗ったり温もったりする。そこで外人の方が困っていたので声をかけた。「カミソリアタラシイノナイデスカ?(英語)」浴場に落ちてたものを手に持ち迷っている。その施設には探してもカミソリが無かったので、その旨を説明。諦め、それで剃ろうとしていたところ、思い付いた。自分のやつを貸してあげた。そしたら、お礼にと、ジュースを奢ってくれた。その後、彼と英語を主にコミュニケーションをとった。彼はフランス人。25年フランスでイギリスに5年間留学。そして今、日本にいるとのこと。簡単な事は分ったが、重要な部分や少し難しい事は判らなかったので、多国語を話せる友人にTELにてHELP。そしたら、ちょうどフランス語を話せるお母さんが出てきて何とかなった。ほんとは、ジュースを飲んだらすぐにその施設を出て知覧へ向かう気だったが、バスの出発時刻が過ぎるのを横目にしながらこっちの方が大事だろうと彼と向き合った。知覧に行くのは一日ずれるが良い経験になったな~、やっぱり英語は話せた方が良い。自分の中で明確な目標がまた出来た。

指宿駅でフランス人とバイバイした後は、どうやって金を使わず知覧の近くまで行って、寝るかという事が問題だった。とりあえずその方向に歩き始める。やっぱり荷物が邪魔で無理だ。ヒッチハイクをして、近くまで行く事に。そしたらすぐに停まってくれた車が。色々と話をして一番近い道の駅「喜入」という所で降ろしてもらった。道の駅だから24時間やってるだろうと思ったらやってない。。。外は寒いし、野宿は厳しいかもなぁ、、、まぁとにかくHP更新作業などしなくてはと、作業していたら三重県出身のお父さんに話しかけられた(いや、自分から関西出身ですか?と聞いた 笑)。旅の概要や今日は野宿ってのを話した。お父さんはもう行くよということでサヨナラした、1分後。戻ってきて僕に手渡したもの。缶コーヒーだった。「好きかわからんけど、まぁ頑張って」と少し照れくさそうに去っていった。僕は御礼をしてコーヒーを飲み干す。缶はしっかりと冷たく、細かく新鮮な水滴がついていた。車に残っていたものではなく、わざわざ自販で買って手渡してくれた事がわかる。実はコーヒーは好きではないけれど、そのコーヒーは美味しく飲めた。

その後も、作業を続けていると、今度は道の駅のスタッフの方から、声をかけられた。旅の事やら今日のこの後の事を説明すると、親身になって考えてくださる、凄く素敵なお母さんだった。特に野宿の事などを気にかけて下さっていた。ある一言に自分の耳を疑う。「本当に寝るだけで良かったら、空いている実家を貸してあげましょうか?」どんだけ良い人なんすか!?と思い話を聞くと。ご実家と現在のお家があり、今は誰も実家に住んでおらず、水道なども止めているが、野宿するよりはマシだろうとのこと。ありがたい申し出に戸惑いながらも、お借りする事に。
お母さんがお仕事を終えられて、実家まで案内して頂き、ご近所に挨拶もした(空き家に明かりがついていたら泥棒かと思われる為)。とても立派なお家だった。その後、人生経験だと言う事で、現在のお家を拝見させて頂く事に。これも立派!広い。。。そこで、お菓子やら、何やら、食料も沢山頂く。
「これもご縁だから」と口癖の様に言うお母さんはよく笑い、心もお顔も本当に綺麗な方だった。裏付けるように、娘さんの結婚式の時の写真を見て、「芸能人ですか?」と聞いてしまうほど、娘さんもは美人だった。しかも、娘さんは(2人いらっしゃる内のどちらかは判らないが)ミス振袖?の様なものに選ばれており、新聞の切り抜きなどもあった。旦那さんは単身赴任中。今は大きなお家にお1人でのんびりと住まわれているようだった。「僕は昔から結婚願望があって、もう自分の孫の事まで想像してるんです」などと言うと、嫁と姑・妻と旦那・息子と母の関係や揺れ動く感情や想いの話を沢山聞けた。今後の自分の人生の参考になった。綾小路君麻呂の話そのもののような感じで凄く楽しかった。

時間も遅くなってきたので、お借りした実家の方へ向かう。「鍵は開けっ放しで、明日は好きな時間に次の目的地に出発してくれたら良いから」とお母さん。
もうお会いできないので、笑顔でサヨナラした。

ご実家に入り、次の日からの動きの確認とPCを少し触ったら、疲れが出たので横になる。温かい布団に包まれ、心地よい眠りにつく事が出来た。
その日もまた人の優しさに感謝した。


◎撮影ボランティア:本日3名/旅でのトータル128名
◎代弁ボランティア:本日0名/旅でのトータル4名
【涙は心のスイッチ 米田真介】

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2009_0427_鹿児島指宿_喜入