外国の方との触れ合いって凄い得るものがある
何日間も日記が遅れておりまして申し訳ありません!!じきにリアルタイムに近づくようアップアップして参りますので、もうしばらくお待ちください。ちなみに日記の内容は長崎ですが、もう現在(5月18日午前3時50分)は福岡県の苅田(かんだ)という所におります。明日は門司港に行き山口県は下関へ行く予定です。書ききれない程の出会いや出来事があるのですが、出来るだけ書き残したい想いがある為、どうしても時間がかかってしまいます。自分で決めた事。妥協せずに頑張ります!
では、本編。
朝起きて、歯を磨いて、頭洗って、海を眺めて食パンをかじる。朝はのどかだなぁ~と飛んできたスズメにパンをちぎってあげた。こんなに風に書いているが、長崎港の横にある何とかワーフっていう飲食・観光施設?のトイレ前のベンチでの1コマ。トイレの洗面台で自分の持ってるシャンプーで頭洗ったり、歯を磨いたり。。。非日常的だな~と感慨にも耽っていた。
さて、今日は長崎の原爆祈念館に行ってその後、佐世保の米軍基地にだなと動き方を妄想。まずは長崎港でPC作業しようと朝から昼まで。。。これが本当に時間かかるんだ。。。日記やら何やら。。。その間、デカイバックあるから何人かの人に声をかけられ少し話したりした。
予想以上に時間を食ったので、歩いて祈念公園行こうと思っていたが、100円でだいぶ走ってくれる電車があるので利用。最寄駅から歩いてすぐ。到着してみると変な像がある!どうやら永遠の平和を祈願して作られたものらしい。みんなやっぱりその前で写真撮ってた。こういう場所では出来るだけ写真は慎もうと思っているので、撮影ボランティアは控えめに。すると一気に団体が!学生とご年配の方々のツアー。幼稚園から友達のY田翔くんが「長崎の原爆公園は、広島と違って言うほど観光地化されてないし、何より人が少ないからじっくりまわれて良いで」って言ってくれたから来たけど、、、結構俺のときは人が居たような気がする。。。気を取り直して、原爆落下の中心地へ。
少し開けた所に、一本の御影石が立っている。中心だ。そこに黙祷すると、横には原爆で吹き飛ばされ残った建物が。その瞬間や、当時の状況を想像してみる。とても悲惨な気持ちになるのに、どこか客観的な自分がいて、安心してホッとしている。そしてまた、そんな自分に少しの嫌悪感を覚える。周りを見ると、昼休みにベンチで1人ご飯を食べているOLさんや、外人の観光客、ご老人の方がチラホラ。日本人の観光客は居ない。外人の観光客は原爆の事について書いてある説明書きを読み、沈痛な面持ちで頭を振ってた。何故かちょっと嬉しくて、こういう事がきっと大事なんだろうと思った。
その後、そのすぐ隣にある「国立長崎原爆死没者 追悼平和祈念館」へと向かう。そこはその名の通りの場所。原爆を落とされた当時の人々が、求めた「水」が館内外の至る所におかれている。追悼の為の祈念館なので、中は静かで粛々とした雰囲気が漂っている。幸い学生の見学者はおらず、ほぼ自分1人で館内を回っているような状況だった。中には平和情報コーナーなどという所もあり自分のメッセージが10年間保存され、自由に閲覧できるようなものもある。小泉元首相や数々の芸能人もメッセージを保存している。自分も平和へのメッセージを残してきた。検索したら見れるらしいので、もし行く人がいたら米田真介を検索してみてください。出てきますよ。一番のメインは追悼空間。光の柱のようなものがどこかの方向へ向かって続いている。その真ん中には名簿棚があり、原爆死没者の氏名を登載している。そしてその名簿棚の方向には原爆落下中心地がある。ゆっくり心を落ち着けて祈りを捧げた。亡くなってしまった人たちへ。これからの未来へ。
その次に原爆資料館を訪れる。ここは被爆資料や被爆の惨状を示す写真などの展示から、原爆が投下されるに至った経過、核兵器開発の歴史、平和希求などのストーリー性ある展示がある所。残念ながらこっちは多数の学生(小学生~中学生まで)でごった返していた。あまりゆっくりとは見れなかったが、簡単な言葉で言うと、やっぱり戦争は良くない。原爆なんて使うのも、もう絶対に駄目だ。 色んな事を思うが、結果シンプルに思うのはその事。根本をもっと突き詰めるとキリが無いし、背景やらなんやらから解決しようと思えば、それこそ何百年もかかる事だろう。自分には理解も把握もまだまだ出来ない。そんな中ですぐにでも出来るのが核の廃絶かもしれない。だからこそ被爆者やその関係者からの、思いや活動は至極当たり前だと思う。難しい事は判らないけど、自分はやっぱり人が苦しんでいたり傷つくのは嫌だ。自分の判断基準はシンプルにそれだけ。自分に出来る範囲でそれを和らげるだけでも良いからしようと思った。きっと自分のやっている事、やろうとしている事は遠まわしだけれどそれに繋がる。
原爆について学んだら、今度は打って変わって大忙し。ゆっくりじっくり学んでいたら、急遽Y子さんから紹介していただいた、米軍ベースのご友人宅(佐世保)への時間が迫ってきた。現在15時。ヒッチハイクして行くつもりだったけれど、それではかなりの時間がかかるという事が発覚。イカーン!それではご迷惑がかかってしまう...。電車で行く事を決意。しかし、、、今度はその電車のベストな時間がもう10分も無い!原爆資料館から歩いて15分はかかる距離にその駅がある事が判明。もう走るしかない!20kg背中に背負って、ザッザッザッザッって大きな音をバックが立てていても、周りの人から凄い目で見られても、むっちゃんこダッシュ。喉がヒューヒュー言い出す。しかも知らない土地だから本当にこっちで合っているのか?あとどれくらいの距離なのか?そんな不安が余計に疲れを倍増させる。何とか時簡に間に合って駅に着いたときには汗ダクダク。電車入ればクーラー効いてて涼しくなるだろって思ったら、暖房!?みたいな風が吹いてる。なんでやねん!!とイライラしたが、覚悟を決めて「心頭滅却火もまた涼し」と精神集中。5分後には大分涼しくなってた。その時ふと思う。今から米軍基地にいってお世話になるんだよな。原爆を落とされた国の人間と落とした国の関係。勉強したてだから尚更か、何とも言えない少しだけ変な気がした。複雑な感情だったが、嫌という事ではなく、時の流れと人の素晴らしさを実感したような感覚だった。
日本最西端の駅佐世保(多分JRで)に着いたら、ご紹介頂いたご友人の方にTEL。颯爽と車で現れた女性は真弓さん。笑顔と登場の仕方がむっちゃ爽やかだった。おおらか?というのか、アメリカ人の旦那さんを持つからか、勝手な自分の想像でアメリカンな感じがした。ヨガの先生をやってらっしゃるので、体も引き締まっていてカッコいいし、話にもエネルギーが感じられた。紹介してくれたY子さんからも「凄いエネルギッシュな人よ」と言われていたが、まさにその通りだった。
米軍の基地内に入るにはゲスト申請が必要で、免許証など身分証明書の
提示が必要だった。入り口には看守みたいな人がいて(日本人)軽く確認。その様子が、ここは日本なのに何か変な感じ!と新鮮だった。あと、米軍の方およびそのご家族が乗る車にはYナンバーがつく。日本だと「わ」やら「な」やらなんやらついている所が「Y」。カッチョ良い。佐世保にはそんな車が結構走ってる。お家に着くと、そこはアメリカだった。部屋が広い。キッチン周りがなんか写真とかテレビで見た感じの造り。息子のローマン君が出てきて挨拶してくれたけどかなりシャイな子だった。当然バイリンガル。最初英語と日本語どっちで話せば良いか、かなり迷った。すげぇな~バイリンガル。「洗濯物ある?一気にかけるよ」と真弓さん。ご厚意に甘える事に。洗濯物とかって実は結構ありがたい。コインランドリーやらあるが金がかかるし、手もみ洗いすると、洗い時間と乾かし時間がかなりかかる。さらに「バスケ一緒に旦那とプレイしに行く?」などと気も使って頂く。折角の機会、さらにご厚意を受ける事に。まさか旅中にバスケ出来るなんて思っていたので(しかも米軍基地内で外国人の方達と)、かなりワクワクした。お家の中を見ていると、旦那さんのトロフィーと思われるものが、、、「えぇ?むっちゃ上手いんじゃないの?プロじゃないの??」と一気に不安になっていると旦那さん(ジーンさん)登場。個人的に、マイケルジョーダンに似てるなぁ~と思った。余計に「バスケが上手で俺では歯がたたないのでは?ガタイも良いし」とビビっていた。ご挨拶もそこそこに、バスケする為の服も貸して下さりジムへ向かう。米軍基地内を車で移動して向かっていると、スーパーやら学校やらフードコートみたいなんやらを通る。当然、英語。「うわぁ~、映画の世界に来たみたいやぁ」と感動。ジーンさんは一言で言うと『超優しい人!』。行動1つとってもそうだし、言葉も当然僕の為に選んで話してくれていた。ジーンさんはバイリンガルでは無いので、英語。一つ一つ丁寧に説明してくれる。僕の拙い英語も意図をしっかりと汲み取ってくれた。ジムに到着して中も案内してくれたが、かなり面白かった。流れている音楽、スペースの感覚、置かれているモノ、行きかう人々、会話、全てがアメリカン。むっちゃクール(カッコいい)!いざ、コートに行くとガタイ良い外人さんたちがバスケしている。隣のコートでは試合もしていてプチNBAを見てるみたいだった。ジーンさんと1on1をしてアップした後(ジーンさんがまた3ポイントむちゃくちゃ入る!)、アメリカンスタイルで3on3。ルールを説明して貰っていたが、ちゃんと理解できておらず、アバババとなる場面もあったが楽しくプレイ出来た。スコールの皆~海外でも俺、通用したで!!久しぶりにいい汗かいた~。
帰りにジーンさんは米軍基地内を色々と案内してくれた。アメリカの軍艦を見せてくれたり、一つ一つの建物やら、バーベキューしてる所やら。段々自分も英語の会話に慣れてきて、色んな話をした。その時間が凄く楽しく、そうこうしてると結構時間も経ってしまい帰宅約束の19時半を大幅にオーバー。真弓さんが晩御飯を用意してくれている。ジーンさんが鬼の角のようなジェスチャーをして真弓さんが怒っていると話してくれる。いつもそうなんだと冗談も交えながら。だから僕も「真弓さん is hungry&angry」と冗談っぽく返したら、むちゃんこジーンさん笑ってた。外人さんから笑いが取れると何か嬉しい。でも本当に僕に案内したせいで怒られたらすみませんというと、「ダイジョウブ」とジーンさんは答えた。その言葉には僕を安心させるだけでなく「僕の奥さんはそんな人じゃなく、とても素敵な人だ」という愛情が込められている感じがして心地良かった。
玄関を開けるといい匂い。トンカツと梅しそ入りチキンカツがメインのご馳走。「私、揚げ物が得意じゃなくて美味しくないかも。不味かったら衣とって食べてね」と真弓さん。そんな事ないでしょうと、ご馳走を頂く。「いやいやいや、、、ウマッ!どこが不味いんですか!?」って全力で突っ込みいれたくなりましたが、さすがにそんなノリではいけず、「美味しいですよ!」と僕。衣も自分としては普通だったし、何より梅しそ入りチキンカツの美味しさが半端じゃなかった。まさに良い塩梅(あんばい)。鳥のジューシーさに梅としその香りとしょっぱさが最高にマッチ。揚げ具合もグー。これで自信無いとかやっぱり意識の高い人は違うな~、凄いなと思いながら腹一杯食べさせて貰った。
その後、談笑しながらTVを皆で見ていて、子供達(息子さんと娘さん)のリアクションが面白かった。バイリンガルなので出てくる言葉が日本語と英語の両方。しかも反応が大きい。「ほー、そういう時そういう言葉で言うのか~」とか勉強にもなった。米軍基地内なのに、流れているTVは日本の番組。そらそうか。ここは長崎県の佐世保だからなぁ。ジーンさんは日本語が判らないので、良く子供に教えてと言って聞いたり、真弓さんが訳して伝えてくれたりしながら見たりしているらしかった。
あ~楽しい!プチホームステイみたいだと思った。子供達が元気だし良く笑って明るい。ジーンさんの優しい人柄と真弓さんのエネルギッシュさと愛情。幸せが溢れ出る家族に触れて自分も幸せな気分になった。でも、もうお別れだなとか思っていたら、泊まらせて頂ける事に。米軍基地内に泊まるには事前に宿泊の申請が必要らしいのだが、自分は急遽行く事になったのでそれが出来なかった。しかし、ゲストとして基地内に入ってから、12時間以内にちゃんと出れば問題無いとの事で居間を借りて、その日は寝させて頂いた。お別れの時間が少し延びて嬉しかった。
◎撮影ボランティア:本日6名/旅でのトータル405名
◎代弁ボランティア:本日0名/旅でのトータル4名
【涙は心のスイッチ 米田真介】
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