どう転んだとしても、外しちゃいけないもの
朝目覚めると昨日の高熱は無くなっていたが、微熱。「もう少しか、、、」と思いまた少し眠る。起きると汗を大分かいていて、体は冷えていた。高熱の後、汗をかくと一気に基礎体温が下がる。平常時よりかなり下なのでそれはそれで不安になるが、そういう時ってボーっとして変に冷静な自分になる。頭の回転は早くなり、色々と頭では考えられるけど、体の動きは遅い。
とにかく、インフルじゃなさそうやし、病院に行かずとも熱がひいたのでおじいちゃんおばあちゃんには電話、一応両親にもメールで連絡する。
「もう、4~5日そこでゆっくりしとき。それか一旦大阪戻ってきたらええんや。どうや?」とおじいちゃん。
「もう無理せんと、大阪帰ってきなさい」とおばあちゃん。
2人とも言葉の後に、笑っていたけど冗談ではなくて、言葉が本心。痛いほど伝わる。「うん、でもまぁ、、、もう一日だけは大事をとって休養するし、大丈夫。その後も続けるわ」と僕。何が大丈夫なんやろうって自分でも少し考えながら、色んな人の気持ちを断ち切る。
「心配かけてごめんなさい」と言って電話を切った。
その日は全てが緩慢な一日だった。とりあえず栄養つけないと、、、スーパーへ行き食料と水分を購入。コインランドリーもあるので汗をかいた服や今まで溜まった服なども洗濯。部屋へ戻り、服を乾かし、日記をUPしなアカンとPCを触る。TVを何とは無しにつけてベッドで寝転んだり、天井見たり。途中多少熱が出てきたが、薬飲んだり水を飲んで仮眠して対応した。
いつもなら、「ヒッチハイクしてどこまで行こう」とか「出会った人とどんな話しよう」とか「次の目的地どこにしよう」とか「ここでこんなことしよう」とか「この旅をどうしよう。終わった後は?」とか「今日の宿はどうしよう」とか色々考えたり、沢山動いたりする。こんな緩やかな一日を過ごして、「あ、俺は意外に神経すり減らすような事してたんや」と気付く。動いてる最中は嘘偽り無く楽しいし、無理している事、旅を続けていける事に充実感もある。
だけどよくよく考えれば毎日が崖っぷち。知らない人と毎日の様に沢山出会い、全力で相対し、色んな会話をする。その全てを記憶に刻む。ご厚意を受けては申し訳ない気持ちとありがたい気持ちの狭間で揺れる。寝る場所にも神経を尖らせ、観光地を巡ってはいるけどそこを楽しむ反面、写真を撮っている人を自然と探しているし、日記を書くための内容を考えたり、応援してくれてる人の事を思い浮かべる。栄養もままならない日があり、3日で5kg痩せた時もある(いいダイエットだと思ってたんやけど)。楽しいのに自分の気付かない所で疲れやストレスが蓄積されていたんだろう。1ヶ月と少し経ってそれが爆発したみたいだ。結果、色んな人に余計心配させてしまったし、自分の行動を振り返る事になった。
本当に大事にしなければならないものは何だろうと自問自答する。ある人は「無理はしても無茶はせずに」と言ってくれる。そして「甘えることの出来る親切には、甘えれば良いと思います」とも。多くの人が「無茶せず、事故や健康だけには気をつけて」といってくれる。自分も同じような人がいたら同じような事を言っていると思う。飾りのような、お決まりのような言葉やけども、きっとそれが本心。自分含め大多数の人がそう言うんやから、それがきっと正解なんだろう。
でも自分はそれを受け入れようとしていなかった。悪い癖だ。カッコつけようとしていたなと。ストイックにやって無茶した方が見てる人も面白いだろうし、自分も成長出来る気がしてた。ある部分では凄いなぁと言われるのが楽しくなってる部分もあったやろうなぁ。最初は自分の力だけでやったろうなんて調子に乗った事も考えてた。よくよく考えたら人の厚意にあやかって生きれてる自分はそもそも自分の力だけで生きれていないという事にいつもすぐ立ち返る。毎日毎回感謝しているし、恩返ししたくても出来ていない自分が歯がゆい気持ちを感じている。俺は無力だ。
僕は誰かに何が出来るだろうって考えてきた。何も返せていないといつも思ってた。その状態が歯痒くて、それが自分をストイックに、無茶をしようとさせる原動力でもあった。最近では色んな事を言ってくれる沢山の人たちの言葉から大切な事に色々と気付き、恩返しが出来ていると感じられてきたので気持ちを整理できつつある。
何も出来ていないと1人吐き出す自分。一方で接した人は、「僕と話す事、出会った事」でポジティブになれたり大切な事に気付けたと言ってくれる。幾人かの人たちは「別に恩返しや見返りなんて期待しちゃいないし求めてもいない」と言う。「君の場合は目に見えないものを与えてくれているだけ」と。人に何かするときに、目に見えているか目に見えていないのかの違いだけ。
それは自分でも判っては来てた。多くの人に言ってもらえる度に、実感が湧いて自信にも変わっていく。と同時におかしな不安が心を包んでいく感覚もある。やっぱり目に見えないだけに不安なのだ。それに自分の中で実感が湧きにくい。そんな事を考えている時にふと気付いた。短期的には返せていてもいなくても、それを実感できていてもいなくても。。。長期的には返せる!と気付いた。それに、一番の不義理は、心の底からの心配をさせてしまう事だと。
自分が元気に旅を終える事。自分が本を出す事。また逢いに行ってお礼を言う事。手紙を出す事。日記を書く事。心配させない事。。。。etc
そんな事の全てが自分の恩返しになるのなら、それをどんな事があっても行う必要があると思った。直近ではまず、『旅を無事に終える事』。その為には、かっこ悪くてもいいから、ご厚意に甘えても心配かけず必死に旅する。多少の無茶はすると思うけど、、、でも、少なくとも今までの様に意地を張って無茶するのはやめようと思った。風邪引かないようにとか体壊さないように寝るところとかはちゃんとする様にします。そして、今まで通りに自分にあるお金は出来るだけ恩義を受けた人か、誰かの為に使おうと思います。おじいちゃんおばあちゃんありがとう。
今までと、そんなに動きが変わる訳じゃないけど、受けられるご厚意はありがたく頂く事にしました。素直になります。
相手の気持ちを汲もうと思いながら汲めていなかった自分を恥じます。何度もご厚意を断った事もありますが、人は一度出した厚意はもう引っ込めないものなんですね。その厚意を引き戻す方が何倍も苦痛でストレスのかかるものだとも知りました。素直に頂いて、いつか自分が返せるときに返すという本当にシンプルな形にやっと落ち着きました。
今回は自分の内面をツラツラと書き綴る暗い内容になったし、一部では反感を買う部分もあるかもしれませんが、ある意味での覚悟を自分で決めました。これからも応援よろしくお願いいたします!
◎撮影ボランティア:本日0名/旅でのトータル525名
◎代弁ボランティア:本日0名/旅でのトータル4名
【涙は心のスイッチ 米田真介】
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