来年も行こうと思う場所って幾つあるかな
注:今回も長いっすよ…。
昨日の晩に、鶴瓶師匠の「家族に乾杯(?)」(田舎に泊まろうの様な旅番組)の録画ビデオをお母さんや住職と一緒に見て、予習していたからこれから行くサンドミュージアムと石見銀山の楽しみ方は大丈夫と意気込み一日が始まる。鶴瓶師匠も来た事があってその時の様子を色々教えて貰った。食堂に下りると、食事が用意されていた。1人分だけ。ある意味寂しかったが贅沢だなとも思った。ご飯とお味噌汁がかなりあったので2杯ずつお代わりして食べた。シャワーを浴びて用意をしたら、お母さんの案内でさぁ出発。
島根の仁摩は海があり畑があり山がある。そんな中に、ぽっかりとガラス張りのピラミッドが立っている。ある種異様な光景。周りは綺麗に整備された公園になっていて、ピラミッド型の建物であるサンドミュージアムの中に入らずとも十分に楽しめる。
お母さんと一緒に中に入ると「いらっしゃ…あ、いつもお世話になっております」と館内のスタッフさんが挨拶をする。顔が広いなぁ~と思っていたらいきなり「この子、ヒッチハイクで日本一周してるのよ!本出すらしいわ!」と僕の紹介を始める。「へぇ~そうなんですか」とスタッフの方。一応興味があり気に答えてくれてたので良かった。しかし、何故僕の紹介と営業なんだ?と思いつつ、昨日頂いたタダ券で館内を見てまわる事に。
サンドミュージアムのメインは何といっても「一年計砂時計」。少女漫画「砂時計」で使われドラマや映画にも使われたもの。世界最大の砂暦は一年分の砂を落とす為、5.5mの大きさと1tの重さを持っている。一日の内に2730gの砂がサラサラと上から下へと流れていく。砂時計といっても実はハイテクと優れた技術の結晶。温・湿・気圧などをコンピュータ制御し、うるう年になろうともそれを計算に入れきっちり1年で砂が落ちきるようになっているらしい。年末には一年の終わりと新たな始まりのイベントもやってるのだとか。実際に目で見るとデカイ。さすが一年。普段は目に出来ない時間の流れも、砂の流れによって知覚できる不思議な場所だ。
砂を利用して幾何学模様を作ったり、砂時計の歴史やらQ&Aが見れる。中でも自分が一番オモシロかったのは、様々な時間がある事。ここに来ると色々な時間を考えさせてくれる。「星が消えていく時間」「100人の子供が生まれる時間」など沢山の時間があり、砂時計によりその時間を体感出来る。『おお、そんな短いのか!』とか『逆にナガッ!』とか。そんなのに触れてると時間の不思議世界にググッと引き込まれていく。1分砂時計、3分砂時計、、、沢山ある時にふと思った。『俺のこの旅の半年間砂時計があったら今どんなかな』って。目で見てみたいな~って。その砂が落ちきるまでにどれだけの人に出会って、どんな事があって、どんな事を考え思って、幾つの涙を流すんやろかなんて。自分の中で一日一日を区切りとして、日記もつけているけど、砂時計を通して判るのはず~っと時間は繋がっていて、進み続けていると言う事。区切りなんて本当は無いって改めて感じさせてくれる。落ちきった後に何かある訳じゃなく、やっぱりその途中に色んな宝物が落ちてるんやろなとも。
普段強く意識していないけど、砂時計の砂が上から下に流れる様をずっと見てると、「あ~今日も時間が流れてる。時が過ぎてく」って判ると思う。そして、自分の中の何かの時間に置き換えた時に、上に残ったてる砂を見て思うと思うねんな。「あ、やべ。もう後こんだけしかないやん」って。人間は生まれ落ちた時から、その手に持っていた限りある砂も落ち始める。何をするにも、限りがあるままに過ごす。本当はいつも意識しないとアカンねんけどな。※1つ凄く自分にとって面白かった文章をウェブアルバムにアップしました。興味ある人は見てみて下さい。なんて思って感慨深く館内を見学した。他に鳴き砂の事なんかも沢山展示されていて面白かった。一度行って見るとかなり楽しいと思います。大切な事をするための時間、大切な人との時間、、、色んな時間を再度認識できると思います。
出口に行くと、結構な時間待ってくれていたお母さんがスタッフの人と話していた。僕の所に寄ってきて、「はい、これ」と手渡されたのはサンドミュージアムのステッカー(\100)と記念品。貰ったと言って僕に渡してくれた。「ありがとうございます」と言って受け取ると、お母さんはズンズン色んな話をする。何かわからんけど、話の流れで非売品(?)のサンドミュージアムブックみたいなのも貰い、かつスタッフの人たちと仲良くなり(?)名刺交換が行われた。ほんで最後に記念撮影。なんじゃこりゃ~と思いながらも年末のイベントには来ようと思ったので「また来ます」と行って、サンドミュージアムを後にした。
サンドミュージアムの周りをお母さんと少し散歩しながら色々と話す。人の温かさや人脈、感謝の話をした。「城福寺」には幾人もの常連さんが来てくれており、とうとう3代に渡ってのお付き合いになっている方もいるそうだ。最初に来た人が、父となり祖父となり、今では孫も連れてきてくれるという。さらに、お母さんはパソコンは使えないのだが、常連さんがインターネットからのお客さんからの注文を受けてお母さんに伝え、返事をお客さんに出しているというから驚き。もう1つ、外人のお客さんもいて、海外の方の注文はその方が代行してくれたり、海外の日本旅行パンフに「城福寺」が載っているらしいがそれも全て外国の方がやってくれたようだ。他にも色々あるが、全てご厚意や善意で行ってくれているというのは驚愕に値する。お母さんは宿に泊めてあげて全身全霊のおもてなしをしている。人との交流を大切にしている、ただそれだけ。でもそれが本質で、自分に色んなものが返ってくる。当然僕も、色んな仲間を連れてまた泊まりに来ようと思っている。
世界遺産である石見銀山に着いて、お母さんの案内つきで少し観光。ここでもお母さんに驚き。昼ごはんにカツ丼を奢って下さり、知り合いの中村製パン屋さんに行っては「日本一周してるねんこの子」と営業してくれ、パンやらソフトクリームやら頂いた。そんなしたらお母さん赤字ですよ。。。確実にと思っていたが、きっとそういうものは見ていないんだろう。本当に信念を貫いて生きているんだろうと思った。凄く惹かれた。よく笑うし。
石見銀山で意外と良かったのは鳴き竜のある寺。とある場所に立って拍手を打つと天井にある竜が鳴く。島根はよく鳴くなぁと思いながらここは穴場で面白いから皆に紹介しようと思った。
石見銀山のメインは「龍源寺間歩」という坑道。坑道の事を間歩(まぶ)という。石見銀山に間歩はかなりの数があるが、開放されているのはここともう1つの大久保間歩(予約制)だけ。駐車場から2kmほど歩いて行かなければならない。ここでお母さんともお別れ。「本当に色々とありがとうございました!」というと、「米田君、そのバッグどうするん?」とお母さん。案内所に預かって貰うとお金がかかる為、僕が背負ったまま行きますと言った。「そんなんしんどいし無理やろう。近くの寺で預かってくれるか聞いてきちゃる」とお母さん。「!?いや、ホント大丈夫です。ありがとうございます!無理だったら最悪預けますから!」と見送った。お母さんは最後まで渋々だったが、車で城福寺へと帰っていった。お母さんとの2日間、書ききれない程の感謝があります。みなさん、島根に来る時は『城福寺』へ泊まって下さい。日本一周の米田の知り合いですって言って、お母さんと素敵な関係になってください。
しかし、、、ひたすらに長いな、、、龍源寺間歩まで。本当に結構しんどい。カバン背負ってたら死んでな~と思った(バッグは交渉して、駐車場のおっちゃんにタダで見てもらえる事になった)。途中寄り道もしたから余計に、、、そんなこんなで到着。お母さんのタダ券で入るぞ~!と思ってヒヤッとした。まだ坑道入ってないのに…。どうしようと思ったが、正直に「無くしました」と伝えるとタダで入れてくれた。人間正直が一番。
龍源寺間歩の中はかなり涼しい。というか寒い。上を一枚羽織り直した。軽い湿気と共に冷気が通る暗い穴。銀の匂いするかなとクンクンするが特にしない。一本の通路の左右に銀を掘り起こそうとしたであろう穴がいくつも存在する。そこにはライトが照らされていて、よく目を凝らすと銀の原石であろうものが見えてくる。岩肌に銀のキラキラが。使えるものにするにはここから精製するんだろう。所々で雫が垂れてきて、その音も響くような感じ。銀を見ながら、掘り起こされた後を見ながら、昔に思いを馳せる。この石見銀山では、全盛期の当時は全世界の3分の1の産出量を誇っていたらしい。そして、あのザビエルが日本に上陸し、色々と動いていたのは実はこの石見銀山を手に入れる為ではないかと言われているらしい。それだけの価値が日本の島根、石見銀山にはあったのだ。もちろん掘り起こす際の事故や、銀の貿易関係で亡くなった人も多数いるようで、近くには祈念碑があったりする。そんな所。
龍源寺間歩の最後の方で撮影ボランティアをしたら、何とそのご夫婦の車に乗せて頂ける事に。見た目が凄い若いので50くらいかと思っていたら、、、とんでもない。孫もいらっしゃる65歳のご夫婦でした。龍源寺間歩から駐車場まで一緒に歩き、出雲大社を目指す。その車中、お腹減ってるだろうからなんかの足しにと、タブレットと酒のつまみを頂いた。車内では、感謝という事に関しての話や、おじいちゃんおばあちゃんの立場の気持ちの話などをした。心に染みる、痛み入るものが沢山あった。
出雲大社に着いたが、時間が遅かったため、本堂は行けず隣の神楽殿へ行く。そこには大きなしめ縄があり、そこにお金を投げて埋め込むと何らかのご利益があるらしい。出雲大社は縁結びで有名。本堂には行けないが、1人で行ってもまた意味が無いような気がしたので、もう一日待っていかず、また次に大切な人とでも行こうと思った。旅の楽しみは、1回ではまわり切れない所を未来の目的地へ設定できる所にもある。
ご夫婦とその場で別れ、ヒッチハイクをしようと思っていたが、「出雲そばを一緒に食べようか」と誘ってくださった。。。ありがたい。
しかし、結局は時間やお店の都合などあり一緒に食べる事は出来ず、出雲駅まで送っていただいて「これで食べなさい」と千円を渡されたのだった。本当にありがたかった。ただ、写真を撮って、少しばかりお話をしただけの僕に色々なご厚意を下さった名前も知らぬ素敵なご夫婦に御礼申し上げます。赤穂にあるジャスコの紳士服屋さん。いつか訪れた時は、スーツを仕立てて貰おうと思っています。
またもや沢山のご厚意に恵まれた一日の区切りは、出雲市駅から電車で一駅の「西出雲駅」傍のビジネスホテルだった。だけど、時間に区切りは無く、僕の旅の砂時計は落ち続けるのだった。……なんちゃって。
■今日の戴き物:サンドミュージアムのステッカーと非売品の本、カツ丼、柚子ソフトクリーム、中村製パン店の丁銀パン、出雲そば代、レモンとコーヒーのタブレット、ホタテの燻製、人の優しさ
◎撮影ボランティア:本日6名/旅でのトータル539名
◎代弁ボランティア:本日0名/旅でのトータル4名
【涙は心のスイッチ 米田真介】
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